

たぬき煎餅 — 江戸の粋を今に伝える、瓦煎餅の老舗
東京・麻布十番に店を構えるたぬき煎餅は、大正時代の創業とされる老舗煎餅店です。
数ある煎餅の中でも、同店を象徴するのが、表情豊かな鬼瓦煎餅。その姿を一目見れば、多くを語らずとも「ここでしか買えないもの」であることが伝わってきます。
長く暖簾を守り続けてきた理由は、奇をてらわない素材選びと、江戸菓子らしい洒脱な美意識。その積み重ねが、今日まで“御用達”として選ばれてきた背景にあるように感じられます。
公式サイト:https://www.tanuki10.com/
瓦煎餅という文化 — 見せる菓子、語る菓子
たぬき煎餅の代名詞ともいえる鬼瓦煎餅は、寺社建築に用いられる瓦を模した意匠から生まれたものとされています。
厄除けや魔除けの意味を持つ鬼瓦は、古くから縁起の良い存在として親しまれてきました。
その造形を煎餅に落とし込む発想は、単なる菓子作りにとどまらず、「意味を贈る」という和菓子文化の延長線上にあるもの。
表情の一つひとつに手仕事の揺らぎがあり、完全に同じ顔が存在しない点も、工芸品のような趣を感じさせます。
素材と製法 — 素朴さの中にある確かさ
たぬき煎餅の味わいは、驚くほど素直です。
小麦粉、砂糖、卵といった基本的な素材を用い、余計な香りや強い甘さに頼らず、焼きの加減で風味を引き出す。そうした姿勢は、長く食べ続けても飽きにくい理由のひとつと考えられます。
派手さはないものの、噛みしめるほどに広がる香ばしさと、軽やかな口当たり。
「誰にでも分かる美味しさ」でありながら、「きちんとした場に持って行ける菓子」として成立している点に、老舗ならではのバランス感覚が感じられます。
麻布十番という土地性と、たぬき煎餅
麻布十番は、下町情緒と国際色が同居する街として知られています。
その中で、たぬき煎餅は流行に迎合することなく、昔ながらの菓子屋の佇まいを保ち続けてきました。
近隣の住民はもちろん、代々通う顧客や、紹介を通じて訪れる人も多いとされ、観光土産というよりも「知る人ぞ知る東京の菓子」という立ち位置にあります。
この距離感もまた、“御用達”と呼ばれる理由の一つなのかもしれません。
贈答菓子としての価値
鬼瓦煎餅は、その見た目のインパクトから、話題性のある贈り物として選ばれることが多い一方、根底にあるのはきわめて堅実な味わいです。
そのため、目上の方へのご挨拶や、節目の贈答にも使いやすい存在とされています。
「東京らしいものを」「少し記憶に残るものを」
そう考えたときに、過度にモダンでもなく、いかにも土産然ともしないたぬき煎餅は、ちょうどよい落としどころになることがあります。
まとめ — 変わらないことが、価値になる
たぬき煎餅は、時代の波に合わせて姿を変えるタイプの菓子ではありません。
むしろ、変わらない製法と意匠を守り続けることで、「ここにしかない価値」を静かに積み上げてきた老舗です。
鬼瓦煎餅に込められた縁起、江戸菓子らしい洒脱さ、そして素朴で確かな味。
それらをまとめて贈ることができる点に、たぬき煎餅がふさわしい理由があるように感じられます。
日常使いにも、改まった場にも。
一枚の煎餅から、東京の時間を手渡す──そんな選択肢として、記憶に留めておきたい一軒です。


