京の年中行事を支えてきた一筋の粽 — 川端道喜【粽】


京都の初夏を語るうえで、「川端道喜」の粽は欠かすことのできない存在として知られてきました。創業は平安時代にさかのぼると伝えられ、千年以上にわたり、京の年中行事とともにその名を受け継いできた稀有な店です。
とりわけ端午の節句に供される粽は、単なる菓子という枠を超え、季節の節目を整えるための“行事食”として位置づけられてきました。
粽という文化を守り続ける存在
川端道喜の粽は、現代に広く流通する甘い団子状の粽とは異なります。中身は餅米のみ。味付けも最小限で、食べる際には砂糖やきな粉を添えるのが習わしとされてきました。
この簡素さこそが、本来の粽の姿であり、宮中や公家社会において長く受け継がれてきた形式でもあります。余計なものを加えず、素材と作法を守る姿勢が、今も変わらず貫かれています。
竹皮に包まれた、手仕事の結晶
川端道喜の粽は、一本一本が竹皮で丁寧に包まれています。この竹皮は単なる包装ではなく、蒸し上げる工程や保存性、そして香りにまで関わる重要な要素です。
結び方にも決まりがあり、その形は、見た目以上に多くの工程と熟練を要するとされています。量産には向かない製法でありながら、今も手仕事を守り続けている点に、この店の矜持が感じられます。
限られた時期にのみ味わえる特別性
川端道喜の粽は、基本的に端午の節句前後の限られた期間にのみ提供されます。いつでも手に入るものではないからこそ、その価値はより際立ちます。
「待つ時間」も含めて一つの行事と捉える感覚は、現代では希少になりつつありますが、京都の暮らしの中では、今も大切にされている考え方の一つです。
菓子であり、儀礼でもある存在
川端道喜の粽は、味覚的な満足だけを目的としたものではありません。節句にこれを食すことで、一年の節目を正しく迎える。そのための“型”として機能してきた側面があります。
甘さや派手さを求める人にとっては、素朴すぎると感じられるかもしれません。しかし、その簡素さの奥にこそ、千年を超えて続いてきた理由があるように思われます。
今、あらためて選ぶ意味
行事食が簡略化されがちな現代において、川端道喜の粽は、文化そのものを味わう存在として際立っています。一口ごとに感じられるのは、素材の味以上に、時間の重みと作り手の覚悟。
年に一度の節目に、きちんとした粽を用意する。その行為自体が、暮らしを整えるきっかけになるのかもしれません。
特別な贅沢ではなく、正しい季節の迎え方として。川端道喜の粽は、今も静かに、京の初夏を支え続けています。
画像出典
・家庭画報 特集記事
・美味求真(川端道喜 紹介ページ)
・食べログ「川端道喜」店舗ページ


